2014年3月21日金曜日

言語技術と思考技術

思考が言語でなされていることについては何度か触れてきました。

その中では、言語の限界が思考の限界であることや、把握できること表現できることの限界であることについても述べてきました。

人の思考はどんな人であっても、後天的な経験によってなんらかの癖がついてきます。

得意な、使いやすい思考のパターンというものが自然と出来上がってきます。

うまくいった経験や失敗した経験から学んだ、独自の思考のパターンが出来上がってくるのです。

その思考パターンンも固定されたものではなく、何度も試され使われながら修正を繰り返して今のものとなっています。



誰しもが自分独自の思考のパターンを持っており、環境や経験によって磨きあげられています。

特に大きな強烈な経験をした場合には、思考においても大きな影響な与えられているものと思われます。


その思考パターンの基本にあるものは、脳がどう感じるかによって喜んで取り入れるものと避けたいと思うものによって作られているようです。

脳の反応は「快か不快か」に集約されます。

「快」の代表的な感情は「好き」であり、「不快」の代表的な感情が「嫌い」になります。

脳は五感のすべてからの感覚に対して、自然と「快か不快か」の反応をしています。

快から不快に至るまでの間にさまざまな基準がありますので、特に極端に「快」または「不快」の反応になるものが大きな要素となって影響することとなります。


この「快と不快」も経験によって変化してくる後天的なものです。

子どもの頃嫌いで食べられなかったラッキョウが、大人になって食べてみたらおいしくて好きになった、というようなことです。

人の思考パターンは「快」と感じることになった経験の因果関係に大きく由来しています。

さらに「不快」と感じることになった経験の因果関係を避けようとすることが、それに影響を及ぼしています。


得意な思考パターンによって考えることが「快」につながっていますので、よほど意識をしない限りは得意な思考パターンしか使わなくなります。

これが、型にはまった思考と言われるものです。

個人としての決まりきった思考パターンですね。



これだけで生きていければいいのですが、社会のなかで生活をしている限りは他人との思考のぶつかり合いを避けることはできません。

また、個人としての思考パターンの結果の行動が、常に最良の結果につながるとは限りません。

さまざまな状況変化のなかで、個人としての思考パターンだけでは望む結果を得られないことができてきます。

いくら思考を巡らせても、思考パターンが同じであればなかなか枠を破ることができません。


この時に役に立つのが言語技術です。

文字として書きだすことによって、自分の思考を客観的に見ることができます。

頭の中だけで考えていたことが、視覚からも入ってくるために自分の思考を整理することができます。

言語を理解しているのは左脳です。

思考は言語によってなされているのですから、思考の基本は左脳で行われていることになります。

これに刺激を与えるためには、言語以外での右脳を使ってあげることが一番の早道です。


言葉として書かれた文字を、言語と認識してしてしまうと、左脳で言葉として感じてしまいます。

これをイメージとして捉えることができると右脳を刺激することができます。

すると、今までの経験から離れて思考に集中している場合には、ちょっとしたことで思考パターンの枠を外すことが可能になります。

思考パターンが作られた経験を呼びおこしている場合は別ですが、その原経験は自分でも忘れていることが多いものです。

ほとんどの思考パターンは、言語技術としてちょっとしたことで枠を外すことができます。

  • 今まで使ったことのない言葉を使ってみる。
  • 並び方を変えて書いてみる。
  • 関連する言葉を書き出してみる。
  • 主体と客体を入れ替えてみる。
  • 伝える相手を限定して考える。
いろいろな方法がありますが、すべて書き出すことに意味があります。

頭の中だけで考えていては、言語だけでしか考えられません。

書き出してみることによって初めて、イメージとして捉えることが可能になります。


実は、声に出してみても同じような効果があることがわかっていますが、声の場合はその瞬間に消えていってしまいますので記録することが難しくなりますね。

繰り返しになりますが、思考は言語でなされていますので、言語だけを使っているとなかなか今までの思考パターンから脱することができません。

頭の中だけの思考から一歩抜け出して、五感のどれかを刺激することによって枠を破るきっかけとなるようです。



既存の思考パターンは決して悪いことではありません。

今までの自分を作ってきたのも、この思考パターンのおかげです。

この思考パターンで考えることが、脳にとって「快」となっているのです。


それでもこの思考パターンで行き詰まったりうまくいかなかったりするときに、枠を破る方法を持っていることは大きな力になります。

そこで枠が破れた経験がまた次に「快」につながっていくことで、既存の思考パターンを破っていくことができるようになります。

個人としての思考パターンは必ずできてきますし、それがないと個人としての特性が発揮されません。

個人としての思考のパターンが足かせになる場面に出会うことはたくさんあります。

その時に、単なる回避をするのではなく、積極的に取り組むことによってより柔軟性を持った思考パターンになっていくのではないでしょうか。

環境変化が激しくなっており、過去の結果の再現性が限りなく低くなってきています。

同じ環境で同じ結果が出せる条件はほとんどないと言っていいでしょう。

言語技術を磨くことが、思考の柔軟性を高めることにつながっています。

色々な言語技術を試してみるのもいい刺激になるのでしょうね。