2014年9月14日日曜日

あなたの日本語、わたしの日本語

日本語がとても大きな言語であることは、何回か触れてきました。

その要因のひとつとして、一つの言葉が持っている意味の多さがあります。

言葉によっては、全く反対の意味を持っているものもあり、その言葉だけを聞いただけでは、何を伝えたいのかわからなくなってしまうものがたくさんあります。


とくに、話し言葉は、漢字を頭に描いて伝えた言葉であっても、相手には「ひらがな」で伝わります。

「ひらがな」で受けたほうは、そのままではあまりにたくさんの意味を持っていますので、漢字を当てはめようとします。

この時に、手掛かりになるものが前後の言葉であったり、伝える時の言葉以外の表現であったりします。


例えば、聞いた言葉の中にこんなものがあったとします。「きくをかいた」。

これだけを受取ったら何のことかわからないと思います。

それでも、何とか理解しようとしますので、いろんなことを当てはめてみます。


「菊を描いた」「聴くを欠いた」「聞くを書いた」・・・

聞きなれない言葉ですので、さらには聞き間違いまで疑わなければならなくなったりもします。

「器具を欠いた」「菊を嗅いだ」・・・


これらの漢字は、ほとんどが常用漢字ですので、普段使っているものです。

それであってもこのようなことが簡単に起こるのです。


私たちの言語のコミュニケーションは80%程度が、口頭言語によってなされていると言われています。

しかし、私たちの情報の80%以上は視覚から得ています。

聴覚から得られる情報は10%に満たないと言われています。


漢字は、現存する唯一の表意文字です。

文字にした時に、初めてその機能を最大に発揮して、意味が分かりやすくなるものです。


私たちが、普段目にしている文字情報は、漢字かな混淆文であり、それが当たり前になっています。

視覚からの情報が80%以上ですので、聴覚にどう伝わるかとか、頻繁に聞き間違いをしているのに、どう間違えているのかなどとは考えません。

したがって、話す言葉においても当たり前のように頭に浮かんだ、漢字かな混淆文で話してしまいます。


私たちが持っている言葉(言語)は、大きく三つのものがあります。

幼児期に母親や家族から伝承された母語、義務教育で知識やルールを身につけるために習得した国語、社会での生活環境によって身につけた生活語の三つです。


このうち、母語と生活語は極めて個人的な言語となっています。

家族や生活環境が違ってしまえば、かなり大きな違いとなって持っている言語になります。

日本人が1億人以上いますが、全く同じ環境で育ち、生活している人はひとりもいないと思われます。

同じ日本語ではあっても、使っている言葉が違うことが多くなっているのです。

同じ言葉を使っていても、その意味が同じとは限りません。


日本人同士であっても、共通語と呼べるようなものは、限定された言葉に限定された意味で習得してきた国語しかないのです。

国語は、人として生きていくための基本的な知識やルールをみんなが同じように身につけるために必要な言語です。

同じ言葉で意味が違ってしまったら、ルールになりません。

そのために、みんなが同じ意味として理解できるように定められている言葉です。


しかし、共通語としての国語の役割を忘れてしまっている私たちは、国語として身につけた言語であるのか、生活語として身についてしまった言語であるのかの区別ができなくなっているのです。

したがって、共通語として国語で伝えあうという行為ができなくなっているのです。


母語+国語+生活語が個人の持っている言語です。

国語以外は個人独特の言語と言っていいものです。

社会生活が長くなれば、生活語の幅がどんどん広がっていきます。

相対として、国語のウェイトがどんどん小さくなっていくことになります。


多くを語ることを精神文化として善しとしない日本人は、聞き直したり質問したりすることに対して、勝手に失礼だとか善くないこととして思い込んでしまう傾向があります。

それでなくとも、正確な理解のためにはベストの手段とは言えない口頭によるコミュニケーションが、メインの言語伝達方法となっているのです。



自分は漢字で伝えたつもりでも、相手には「ひらがな」で伝わっていることを覚えておきましょう。

音読み漢字で伝えた時に、その「ひらがな」音に相当する漢字がどれだけあるかを考えてみましょう。

日本語の同音異義語の多さは、口頭言語だけでは解消しきれるものではありません。

文字と言う視覚言語があって、初めて成り立つものとなっています。


メインの伝達手段が口頭によるものであることは仕方のないことです。

中国も漢字を使っていますので、文字を書くことによって意思の疎通が可能な場面が多くなっています。

中国語は10大方言とも言われますが、同じ中国語とは言っても話し言葉では通じない言語がほとんどだそうです。


漢字を使う言語以外のものは、すべての文字が表音文字であり、文字としての意味は持っていません。

口頭言語だけで理解できるようになっているのです。

それだけに発音が大切になるのです。


私の持っている日本語と、あなたの持っている日本語は、かなり違うものとなっているはずです。

そのことを理解して、コミュニケーションをしていくことが必要ですね。




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