2015年2月20日金曜日

特殊な仮名「ん」

地下鉄東西線の日本橋駅におけるローマ字表記を見たことがあるでしょうか?

Nihombashiとなっていることに気づかれたでしょうか。

学校で教わったローマ字表記ではNihonbashiとなるはずですよね。


日本をローマ字表記するとNihonでありどんなに探してもNihomは見つかりません。

しかし、続く文字によってはn→mの変化が起こっているようです。

東西線の日本橋のローマ字表記も最初は、Nihonbashiだったそうですが、外国人の指摘によってNihombashiに改められたそうです。


これは、日本語が持っている音の少なさからきているもののようです。

「ん」の発音は、日本語では一種類なのですが、アルファベット言語においては「ん」の後に続く音によっては三種類の音があるようです。

日本語の「ん」にあたる音としては、n,m,ngがあって使い分けがされているようです。

その中でも続く音が、b,m,pの場合はmを使うことが自然になっているとのことです。


そもそも、この日本語の「ん」という音は極めて特殊な仮名であり音であるようです。

五十音表を見てみても「ん」は一つだけ枠外という扱いになっています。

日本語の音は、基本的には母音以外については子音+母音となっており、必ず母音で終わる母音言語となっているのですが、「ん」だけは母音がついていません。

扱いとしては唯一の単独子音として扱われていることが多いようです。

「ん」がなければ完全なる母音言語ということができるのですが、たった一つ「ん」の存在だけでその規則性が完全ではなくなっているのです。


更に、「ん」は言葉の先頭に来ることができない音であり文字です。

しりとりのゲーム性は、「ん」で終わらない言葉でつないでいくことになっていますが、ゲームとして成り立っていることから見れば「ん」で終わる言葉がたくさん存在することの裏返しでもあります。

何気なく使っている言葉で「ん」で終わる言葉はいたるところにあります。


日本語における「ん」の発明は、数字における「0」の発見と同じような価値のあるものではないかと思われます。

「ん」はどこから来て使われるようになったのでしょうか。


最初に導入された文字である漢語は、中国文化とともにその音を伴ってやってきました。

やがては秦氏を中心とした帰化人たちによって、本来持っている音が広がっていったと思われます。

その時点で漢語の持っている音の中に、漢語を読む音としての「ん」が存在していたことは間違いないことだと思われます。


文字のなかった時代の原始日本語である「古代やまとことば」において「ん」の音があったかどうかはよく分かっていません。

導入された漢語の音を利用して、「古代やまとことば」を表記するための漢字が充て字として使われたものが仮名の原型であることに間違いはなさそうですが、その時の漢字の中に一字で「ん」と読む漢字はなかったと思われます。

結果として、最古の「いろは」においても「ん」の文字は存在していません。

「ん」は日本語の文字のなかで、一番最後に現れた文字だと思われます。


「ん」のことを撥ねる音として、撥音と呼ぶことがあります。

江戸時代の文学者である、本居宣長も撥ねる音についての意見を述べていますし、古くには最古の「いろは」を記録したとされる金光明最勝王経音義(1079年)においても、撥ねる音についての注釈があるようです。

音としての「ん」は存在していたが、それを表記するための文字が存在していなかったということではないでしょうか。

この点では、音としては存在していたが表記がされなかった濁音とも共通することがあるのかもしれません。


文化芸術としての形式や格式を重んじるようになっていく和歌においては、文字上の美しさや音としての美しさまでもが追及されていきました。

それに対して、仮名が広がることによって一般的な口語が文字として記録されていくこともなされていきました。

仮名物語や江戸期における大衆文学などの広がりは、芸術分野としての和歌をさらに際立ったものとしていったと思われます。


源氏物語における表記を研究した報告によると、「ん」は濁音の一部とされており清音と言われる普通音に比べると不浄なものとして扱われていた可能性が高いと言われています。


当初は、「ん」は表記されることがなく音としては存在しても表記されることなかったようです。

もちろん表記するための文字もなかったし、仮に充てるべき漢字も存在しなかったということではないでしょうか。

やがて、言葉の変化や一般に広がった言葉の言いやすさの中で、「ん」を表記する必要が出てきます。


苦労の跡がうかがえますが、記号として「✔」を使ったり、「ム」や「二」、「イ」によって表現しようとしたりした跡が残っています。

「ん」が表記されるようになったのは仮名文学も後期になり、漢字かな混じり文が一般的になった室町以降ではないかと思われます。


今でも、言葉のつながりで読み(音)が変化することを音便と言いますが、その中でも「ん」に変化するものを撥音便と呼んでいます。

「ぼくのうち」が「ぼくんち」になるようなものです。

一般的に言葉が使われるようになって、省略や言いやすさが出てくると「ん」の出番が増えてきたのではないかと思われます。


「ん」はまだまだ、いろんなことにつながっていきそうです。

日本語の中でも特に注目される文字ではないでしょうか。

気になる文字ですね。




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