2013年10月19日土曜日

急いだ文化導入の弊害

明治維新の時には文化面においても急激な変化を必要としていました。

もたもたしていたら、ヨーロッパ列強の植民地化に飲み込まれてしまう危機感が、急速な文化導入に拍車をかけました。

夏目漱石に代表される文化人からは、あまりにも急速な文化導入に批判も上がりました。

その漱石自身は、ヨーロッパの文化導入のために新しい漢語を生み出すことにおいて多大な功績を残しています。


漢字のずば抜けた造語力を生かして、新しい言葉(熟語)がどんどん作られました。

現代、私たちが一般的に使っている漢字のほとんどがこの時に作られたものと言えるでしょう。

特にそれまでの日本語の概念になかったものは、訳すことではなく言葉を作ることから行われました。

漢字は造語力がものすごくありますから本当に様々な素晴らしい言葉が作られました。

「範疇」「哲学」「美術」「人格」「世紀」「絶対」「統計学」などはみんなこのころ作られた言葉です。



この時に言葉を作った代表格に福沢諭吉がいます。

彼は新しい言葉を編み出すとともに、それまでの意味とは違った意味を昔の言葉に与えたりしました。

「スピ-チ」に対して「演説」という言葉を与えたのも福沢諭吉です。

「演説」はもともと仏教用語で、お坊さんが法話をするときに使われた言葉です。

これをスピーチに当てたのです。

「トーク」にたいして「談話」をいうことばを当てたのも福沢諭吉でした。

「スピ-チ」「トーク」に対しての「演説」「談話」は原意に対して当てた漢語の意味がきわめて近いニュアンスがあるので、現代においても違和感なく使われていますね。

 

「フリ-ダム」「リバティ」に対して「自由」という言葉を充てたのも福沢諭吉です。

「フリーダム」「リバティ」は微妙なニュアンスの違いがありますが、ともに人が元来持っている不合理に拘束を受けない侵されることのない権利ということができます。

ところが「自由」という言葉の元の意味は、勝手気まま、わがまま勝手というニュアンスが強くなります。

「フリーダム」「リバティ」と「自由」の間にあるギャップが時代を経るにしたがって大きくなっています。

「フリーダム」や「リバティ」ではありえないような、「自由」を制限する、「自由」を権利だと思って社会のルールを無視して勝手にふるまう、というようなことが起きてきます。


その福沢諭吉にして「訳字を持って原意を尽くすに足らず。」、つまり翻訳不可能だと言っている言葉があります。

その言葉は民主主義においては根幹をなす、これによって革命がおきたり戦争がおきたりする「ライト(ヒューマンライト)」という言葉です。

福沢諭吉はこの言葉の持つ重さを十分に分かっていたと思われますが、そのことがかえって負担になっていたのかもしれません。

有名な「西洋事情」という本の中で翻訳をギブアップしたことを述べています。


ところが福沢の真似をして、この言葉に訳語を当てた者がいます。

当時の文部大臣であった西周(にしあまね)です。

それならば俺がやるということで、持ってきた訳語が「権利」でした。

これも仏教用語でした。

しかもこれが定着してしまいました。


「権利」の元来の意味合いは、権力をもって利益を得るということです。

精確には分からなくとも、母語として日本語を持っている私たちには、「自由」と同様にいい意味には受け取れない言葉です。

「権利」と言われると反射的に「義務」という言葉が出てきませんか。

本来の「ライト」は絶対侵してはならない、人として本来的に有しているものです。

奪い取ったり利益として得るものとは異なるものです。

100年を越えて存在し続けている「ライト」と「権利」のニュアンスの違いは、時を経るにしたがって大きくなっているのではないでしょうか。


世界へ出て行ったときに「権利」のつもりで「ライト」と言った時のギャップは、決して小さなものではなくなっているのではないでしょうか。

民主主義は言葉で入ってきました。

私たちは言葉でしか知りません。

「ライト」として支配者から勝ち取ったものではなく、考え方として与えられたものです。

「ライト」に対しての現実感がありません。

とりあえず「権利」という言葉を充てているにすぎないと思います。

本当に「ライト」ということを考えなければいけなくなった時は、改めて「権利」とのギャップが浮き彫りになるのではないでしょうか。


明治維新は日本の文化革命です。

しかし急いだ文化革命は新しい言葉と実体とのギャップを生んでいます。

世界と触れる機会は今後さらに増えていきます。

一般的な言葉にとらわれることなく、自分としての解釈をしっかりと持つ必要が出てきています。

そのためにも日本語に対する理解は、ますます深めることが必要になりそうですね。