2014年6月18日水曜日

「ヲシテ」は本当に古代文字か

漢語の導入以前の日本に、古代文字が存在したのではないかと言う考え方があります。

「古代やまとことば」を書き記した文字として神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)と呼ばれる日本独自の文字があったのではないかとする説です。

その代表が「ヲシテ(文字)」と呼ばれる、少なくとも江戸時代の中期には存在したことが確認されている文字です。


「ヲシテ」の由来は、「ヲシテ」を用いて書かれた三つの文献「ホツマツタヱ」「ミカサフミ」「フトマニ」のなかでこの文字のことを「ヲシテ」と呼んでいるからです。

これらの文献も数多くあったと思われる写本の一部であり、原本があったと思われることは確認できていますが、その存在にについては時代とともに「?」となっています。


特に江戸時代においては国学が盛んになり、日本においても漢語の伝達前に独自の文字が存在したと言う説が流行しました。

この時にさまざまな文字が創作されて神代文字と呼ばれました。

「ヲシテ」もその一つではないかと言うのが一応の定説となっているようです。


「ヲシテ」で書かれた三つの文献は五七調の長歌の形式で書かれており、三つの文献の中でも「ホツマツタヱ」がその姿を一番詳しく伝えています。

ただし成立の時代としては、江戸時代の中期までしかさかのぼることできる資料がないためにその内容を含めて不詳のことが多いものとなっています。

その内容には、記紀(古事記、日本書紀)と同じ内容をとらえたものや記紀に触れられていない同時代の内容などを含んでおり、「ヲシテ」の肯定者からは一級の古代史資料とされているものでもあります。


そもそも「ホツマツタヱ」そのものの意味は本文の中に記されており、「ホツマ」(東の国:関東地方の平野にあたる地域のこと)のことを「ツタヱ」たものであるとしています。

東の国における優れた治世をたたえたことを伝えるものと言う意味になります。

「ホツマ」という言葉は、「ホ」は秀でたことの意味、「ツ」は助詞の「の」、「マ」はマコトの意味からできており、秀でたマコトという意味になります。

現在調べうる史料では成立年代や真贋すら確かめようがないものとなっていますが、ひらがな、カタカナ、漢字以外に存在したかもしれない文字として興味をひかれるところであり、少し見てみたいと思います。


上に添付した資料が「ヲシテ」であり、48文字の基本文字からなっています。

「いろは」と同じように48文字を一字ずつ使用して、五七調の歌を詠んでおり、それを表記したものが上の内容となっています。


文字の表記は、子音をあらわす部分と母音をあらわす部分からできており表音文字としての特徴を示しています。

また、子音部分はそれぞれの意味に対応したイメージを表しているために、表意文字でもあると言うことができるものとなっています。


一種類の文字で両方の特徴を持ち合わせているものは、はるか古代の楔形文字やエジプトのヒエログリフの初期のものにまでさかのぼらないと見当たりません。

かな文字は、子音部分と母音部分に分けることはできませんし、表意文字ではありません。

漢字は、表意文字であり表音文字でもありますが、文字の全体が音を表すものではありませんし、同様に子音と母音の分解ができません。

「ヲシテ」は極めて論理的に成り立っている文字と言うことができそうです。


「ヲシテ」で書かれた文献には、その文字を使う理由や言葉の由来なども記載されており何とも親切な面もあるようです。

基本形は48文字からできていますが、写本における変体文字が100種類以上見つけられています。


基本文字の中に「ん」を含むことや、母音が5つで確定されていることなどを考えると、少なくとも「いろは」よりも前にあったものと考えることは難しいのではないでしょうか。

仮名よりもはるかに規則性が明確であり、とても論理的に構成されています。

仮名以前にこの文字が存在しているとしたら、仮名文字は必要なかったのではないでしょうか。

表音文字であり、表意文字でもあり、文字そのものが子音部と母音部を表しているのです。

よく考えると、文字としての理想の形を備えているのではないでしょうか。


素直に考えれば、文字と言葉で悩んだ学者が、理想とする文字を生み出したものと考えるのが一番自然ではないでしょうか。

文献の中にその文字の由来や使い方を説明することは、文字を相当意識していなければできないことです。


しかし、こんな理想的な文字が漢語の前の日本にあったと考えることはとても楽しいことです。

江戸時代に神代文字として作り出された文字は何種類もありましたが、本当に神代の文字としての可能性を残しているのは「ヲシテ」だけです。

反論する側の根拠も推論によるものが多いために、絶対的なものとは言えません。

さらにこんな文字まであったとしたら、いつまで国語を学び続けなければいけないのでしょうね。

今の日本語ですら満足に使いこなすことができないのに、大変なことになっていたでしょうね。


江戸時代の人たちも、漢字かな混用文を使いこなしながら、こんな文字を検討していたのですから凄いことです。

世界と異なった独特の言語の発達をしてきた日本語は、海外の言語学者から見たら驚異と尊敬の対象となっています。

その日本語を使いこなしている日本人は、不思議なものとして扱われることもしばしあります。

日本人である私たちが、日本語について一番知らないのかもしれません。

いろんな場面で興味を持ってもらえるようにしたいですね。




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